お金を持っているという事は本当に幸せな事なのか

10年ほど前の事です。当時交際していた女性がテレビでこんなシーンを見たと話していました。ざっくり言うと、インドの山奥に住む年配の男性にテレビクルーがインタビューをしていて、その最後に「幸せになる条件は何ですか?」という質問を投げかけたところ、老人の答えが「お金を持たない事」だったと。彼女はそれに感心したようです。「そうだよね!お金じゃないよね!」という具合です。そして私にも感想を求めてきました。当時の私は「インドの山奥ならそれでもいいかもしれないけど、日本では通用しないよね」と考え、そのまま彼女に回答しました。彼女は「なるほどー」と言っていました。

10年経ち、多少は私も成長したのでしょう。今、それについて改めて考えてみるとまた違った角度からのアプローチが取れそうです。

そのインドの老人はお金に縛らているな、と思うのです。お金を持たないことが幸せに繋がるという老人、その彼がお金に縛られていると私が考える理由は「幸せの尺度をお金に求めているから」です。お金があることが幸せ、お金がないことが幸せ、逆の事を言っているようですが同じ座標軸上での話です。それはy軸が幸福度でx軸がお金の関数で、y=xか、y=-xかの違いでしかありません。幸福度と人間関係、幸福度と仕事、幸福度と趣味・・・いろいろな関数が立てられるはずなのに、x軸をお金に固定してしまった老人、ちょっと寂しく思います。

これはそのまま金の亡者と清貧の違いに当てはめることが出来ます。お金に異常にポジティブか、異常にネガティブか。試しに彼らに討論会でもやらせてみたらどうでしょう。双方ともに「お金が、お金が、お金が」と文中に何度も「お金」が出てくることでしょう。野球でいえばノーアウトランナー1塁で送りバントをするか、打たせるかの討論をしているに等しいです。どっちもどっち結局野球の話じゃん、というところです。激しく罵り合っていたって同じ穴の狢なわけです。

私はお金が欲しいです。あったらあっただけ安心感を得ることが出来るでしょう。両親もいい年齢です。介護はどうするのか、考えたくもありませんが直面しなければならない時は確実に迫っています。さぞお金がかかることでしょう。ちょうどその最中にいる知人が苦悩しています。「家計が毎月大赤字だ」と。また、人生がドン詰まったときに思い切って環境を変える費用にすることも出来ます。引っ越しにかかる費用も馬鹿になりません。移住先でちゃんと収入を得られるのかどうかも怪しい限りです。

現代社会での多くのケースでお金が絡んできます。そして多くの問題を解決してくれます。なんとも便利な道具です。・・・そう道具なんですね。あまりにも使い勝手が良すぎてつい忘れてしまいます。いっつも付いて回って悩みの種になるものだから。でもやっぱりただの道具です。ある道具を持っていれば幸せ、不幸せ、そんなことはないですね。無さ過ぎて不幸せ、は分かりますが。お金に囚われすぎない思考を保ちたいものです。

おまけにもう一つ。インドの老人が言った「お金を持たない事」について疑念があります。半ば仙人みたいな生活をしている人がお金に囚われている事が不自然に思うのです。なので「そのじいさん、テレビ局の仕込みじゃねーか?」と。

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